Latest Entries

情熱のワルツ

May 14, 2012
A Waltz at the Laundromat
By JAN PEJOVIC

May_14_2012.jpg

Dear Diary:

何週間か前のある日、二番街のコインランドリーにいたとき、とてもハンサムな若者がドアを開けて中に入って来ました。ちょうど乾燥機からシーツを取り出していた若い女性のパートナーらしく、ヒンズー語で親しげに言葉を交わしています。どうやら洗濯物はこの二人のものらしく、一緒に仲良く折りたたみ始めました。彼氏が一方の端の二つの角を手に持って広げると、彼女は反対側の角を持って広げます。お互い後ずさりしながらシーツを引っ張って何度か振ってシワを伸ばすと、今度は向きあったまま近づいて手に持ったお互いの角を合わせます。その間二人は熱いまなざしで見つめ合っています。これを何度か繰り返してきれいにキチンとたたみ終えました。

店内にいた女性客が皆その様子をとても興味深く眺めているのに気づきもしないで、二人はもう一枚のシーツにとりかかりました。シーツの角を手にしたまま、離れては近づいて、そのたびにお互いの手を合わせ、見つめ合う二人。

ようやく最後の洗濯物になりました。それは大型のベッドカバー。空中に大きく両手を広げて、離れては近づくことを何度か繰り返した後、二人は両手をしっかり握り合ったまま熱烈な口づけを交わしました。

店内にいた女性客は全員、この情熱的なワルツの踊りに、すっかり魅せられてしまったのでした。

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

母の日

May 11, 2012
An Annual Mother’s Day Conversation
By JOHN E. HIRSCH

Dear Diary:

場所:花屋さんの店先

時:「母の日」の前の土曜日

登場人物:中年の紳士とご老人。二人はお店の棚にずらりと並んだ美しい鉢植えの花を前にして、どれにしようかと真剣に選んでいる。

聞こえてきた二人の会話:

「彼女はあなたの妻じゃないですか」

「なに、あれはおまえの母さんだ」

結論:これは毎年この時期恒例の「父と息子の会話」ってやつでしょうな。まあ、この二人の様子だと、かれこれ50年は繰り返しているに違いないでしょう。

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

Sorry, buddy

May 9, 2012,
By JANE BABER
Dear Diary:

面接の時刻まで少し時間があったので、ブライアント・パークの図書館の入口の階段に腰を降ろして待つことにしました。この日のために用意した想定問答集を取り出してもう一度チェック。メモを書きこもうと思ってバッグの中のペンを探すのですがなかなか見つかりません。

私の両耳にはイヤホンがしてあってお気に入りの音楽を聴いています。だから私の向かい側に座っている人が何を言っているかは聞こえません。でもその男の人が何か私にしきりに勧めようとしているような素振りをみせているのには気づいていました。

ここはニューヨークです。多分その人、私に何かを売りつけようとしてるんだろなと思ったので、無視してまたバッグの中を探していました。それでもあんまりしつこかったので、真っ直ぐ顔をあげて「いえ、結構ですから」と言ってはっきり断りました。そのとき分かったのです。その人は別に変な人じゃなくて、ごく普通の人で、私にペンを貸してくれようとしていたのでした。

あの時の親切な方、ごめんなさい、悪かったわ。

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ


閉まるドアにご注意

MAY 3, 2012,
Stand Clear of the Closing Doors. No, Really.
By MAGGIE ASTOR

Dear Diary:

満員のダウンタウン行きの地下鉄に、駆け込み乗車をしてきた女性がいました。ドアが閉まるぎりぎりのところで何とか乗り込んできたんですけど、ハンドバッグがドアに挟まれてしまいました。一生懸命引っ張ってドアから引き抜こうとするのですがうまくいきません。そばの男性が手伝ってあげているんですけど、それでもダメです。大勢の乗客がその様子をながめている中、15秒くらい悪戦苦闘していると、車掌さんの声がインターホンから聞こえてきました。

「これだよ、お客さん! ね、いつも言ってるでしょ、『閉まるドアにご注意下さい』って。ね、みんな足には気をつけるんだよ、挟まないようにね。だけどハンドバッグのこと、忘れるんだ!」

あんまり可笑しくってほかの乗客はみんな吹き出しました。この車掌さん、そのあとたっぷり10秒くらいはそのまま格闘を続けさせておいて、ようやくドアを開けてあげたんですよ。

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

アート・ガーファンクル

May 2, 2012,
Meeting Art Garfunkel
By ARTHUR ENGORON
Dear Diary:

歌手のアート・ガーファンクルは私が入学する何年か前にコロンビア大学を卒業した先輩にあたる。当時すでに有名で同級生たちみんな彼のことはよく知っていた。

卒業後何年かたって大学の近くのイタリアンレストランで食事をしていたとき、偶然にも少し離れたテーブルにアート・ガーファンクル本人が座って食事をしているのに気がついた。

これは滅多にないチャンスだと思って、そのテーブルに近づいて行って「こんにちは、僕の名前も『アート』って言うんです」と挨拶した。

彼は穏やかな笑顔を見せた。

自分の席に戻ったとき、一緒にいた友人のロバートが「で、何て言ったんだい?」と聞いたので、それを教えると、「はっ?! そんなバカげたセリフ聞いたことないぞ!」と言った。

そんなに変だったかなあ?


art-garfunkel-cityroom-articleInline.jpg
Kathy Willens/Associated Press
The singer in 2003.

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

サタデーナイト

April 26, 2012
A Photographer Is Approached for an Assignment
By RICHARD J. ROTHSTEIN
paparazzi-cityroom-blog480.jpgRichard J. Rothstein

Dear Diary:

4月14日、快晴の土曜日の朝、僕はマジソンスクェア・パークでダンサーたちの写真を撮る仕事をしていた。すると、仕事をしている僕のそばに、電気工事の作業員の男が一人、近づいてきた。30代そこそこのがっちりしたタイプのイケメンだ。公園のそばの工事中のビルを抜けだしてわざわざここまでやってきて、僕に話しかけてきたのだ。

男は「写真家のなのかい?」と聞いてきた。僕の立ち働いている姿と使っている機材を見れば、これはバカげた質問だ。なので、これはラッキーかも、もしかすると今夜、サタデーナイト・デートってこと?と思った。彼は続けて、どんな写真を撮るんだい、と聞いてきた。何か本当に興味ありそうだった。僕の胸は高鳴ったーーー、そして、

パパラッチみたいな仕事もするのかと聞いてきた。アルバイトでセレブのボディガードをやっているのだそうだ。もし分け前を少し渡せば、いつ、どこに、どんなセレブがいるか、メールで教えてやるぜと言うのだ。

僕はがっかりして大きなため息をついた。サタデーナイト・デートはサタデーナイト・デート。かかってこない電話のそばで、土曜日の夜を過ごすのは、初めてのことってわけじゃない。。。

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
メトロポリタン・ダイアリーを訳すときに、まず最初にすることは投稿者の名前の確認です。日本の投稿欄と違って、書き手の年齢、性別、職業などが書かれていないので、本文に書かれていない限り、書き手に関する情報は名前だけということになります。特に性別が分からないと日本語にする時に結構困るのです。やっかいなのは男女共通のファーストネームがあるということ。こういうときはどういう文体で書こうかとほんとに悩みます。あ、別に今回のエントリーがそうだと言っているわけではありません。今回の投稿者 Richard さんは間違いなく男性でしょう。

ナポレオン・コンプレックス

April 23, 2012
By MICHAEL OLIVER

Dear Diary:

ブロードウェイの通りを歩いていたときのことだ。93丁目の角に差しかかったとき、何かくぐもった声でしかる声と犬の吠える声が角の右側の通りから聞こえてくるのに気がついた。それがだんだん近づいてきて姿を現したのはとても小さな二匹の犬だった。二匹とも小さな毛糸の服を着せられていて、二本の長いヒモの端は老婦人が握っていた。二匹の犬があまりに元気よくヒモを引っ張っているものだから、飼い主の婦人は前のめりになっていて、何とか二匹の犬をおとなしくさせようと苦労しているようだった。

ところが二匹は言うことを聞かない。右に左に駆け回り、わんわんキャンキャンと騒がしく吠え続けることによって、とにかく不愉快なんだということを伝えようとしているかのようだった。老婦人はずっと犬に向かって何か言い聞かせていたが、それらはほとんど聞き取れなかった。それでも私がそばを通り過ぎるときに、はっきりと聞こえてきた言葉があった。やかましく吠え立てている小さい方(多分体重は2キロくらいだろう)の犬を真っ直ぐにらみつけて、こう叱ったのだ。「あなたね、そのナポレオン・コンプレックス、もういいかげんに何とかしてちょうだいっ!!」

April 23_01 (640x364)

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
最後の老婦人の一言、原文はこうです、「“And you, have to put that Napoleon complex behind you!”」

ナポレオン・コンプレックス(Napoleon complex)とは、身体の小さな人がその劣等感ゆえに、ヨリ攻撃的になったりする傾向のことを指します。ナポレオンやヒトラーなどが例としてよく挙げられます。ただし、学問的科学的に認められた説ではなく、あくまで俗説ということのようです。人間についてはともかく、犬に関しては、確かに小さい犬ほど騒がしくてよく吠えるという傾向が強いような気がしますね。

開演前の小さなドラマ

April 17, 2012
A Little Drama Before the Fat Lady Sings
By JUNE GOLDBERG
Dear Diary:

メトロポリタンオペラの「Live in HD」では実際の公演をライブのハイビジョン中継で映画館の大スクリーンで楽しむことができます。ワーグナーの名作「神々の黄昏」をその「Live in HD」で観ようと映画館へ行った時のことです。見知らぬ男の人が近づいてきて、いきなり、切符があまっていたら譲って欲しい、と言うのです。もちろん余分の切符など持っていなかったので断りました。

開演時刻も迫っていたので急いでロビーに向かっていると柱の土台に足をぶつけてひどく転んでしまいました。あごからかなり出血して頭も少しふらふらしています。大勢の人が心配そうに私を取り囲んでペーパータオルや氷の入ったビニール袋を持ってきて傷口に当ててくれたりました。係の人が、先に中に入っていた夫を呼びに行っているときに、床に半身を起こして傷口にビニール袋を当てている私の肩を誰かがトントンと叩きました。しゃがみこんで私の顔を覗き込んでいるのはさっきの男です。「こんな怪我したんだからもう観られないですよね。その切符、いただけませんかね」こう言われて私は唖然としました。信じられない!怒りがこみ上げてきてこう言ってやりました。「何言ってんの、ちゃんと観るに決まってるでしょ。ここにこうして氷を当ててれば大丈夫なのよ!」

見かねた係の人が男を外へ連れ出すと、夫(医師です)がようやく現れて、傷の様子を診てくれました。夫の下した診断は、これからただちに救急病院へ連れて行く、というものでした。タクシーに乗るのを手伝ってもらっていたとき、ふと、さっきの哀れなオペラファンの男のことが思い出されて、切符をハンドバックから取り出しながら映画館の支配人に告げました。「これ、さっきの人にあげてちょうだい」


「Live in HD」

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
『神々の黄昏』はワーグナーの代表作『ニーベルングの指環』四部作の中の一つです。メトロポリタンオペラで演じられるその舞台をライブ中継で映画館の大スクリーンでも観ることができるとは知りませんでした。上に貼りつけたのはメットのサイトの中にある「Live in HD」の紹介ビデオです。なるほどこれは面白そうですね。チケット欲しくなります。。。

横断歩道

April 16_02 (599x800)
人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

火事と伝統

April 12, 2012
A Fire and a Tradition
By TOM CAYLER
Dear Diary:

うちの近所で火事があった。火元のビルは通りの向かい側にあって、一階のデリのオーナーはアリという男だ。アリはそのビルの上の階に奥さんと5人の子どもと一緒に暮らしていた。

翌朝、焼け跡も無残なデリに立ち寄ってみた。一家は無事だろうかと心配だったし、何か力になれることがあるかもしれないと思った。アリは元気だった。一家はとりあえず近くの知人のアパートメントに身を寄せているという。今後の住まいについては赤十字が提供してくれると言われたそうだ。しかし場所が離れたところなのだという。アリは子供たちを転校させたくないんだと言って頭を振った。ビルの地下のボイラーから火が出たとき、彼は家にいなかったと言った。

「女房が子供たちと一緒にいたんだ。管理人がドアをどんどん叩いて、逃げろ!と叫んだんだな。女房は子供たちと一緒に階段を駆け降りたのさ。それで玄関から道路まで出てきた時に、女房のやつ、はっと気がついたってんだ。な、ほら、あれだ、あれだよ」

アリは言葉をとめて両手を頭の上にかざし、そのまま耳から肩へと降ろすしぐさをした。「女房のやつ、あれをな、分かるだろ、つけるのを忘れてたってわけさ。」

ああ、分かる。例のスカーフのことだ。ベールと言った方がいいのか、どのみち正式な名前は知らない。

「それでな、そいつをつけ忘れてるってことに気がついた女房はだな、そっから引き返してまた階段を登り始めたってんだ。おまけに子供たちまでみんな後から女房について行こうとしただとよ。消防士が引っつかまえて下に連れ戻してくれたから助かったんだ。まったくなんてこった。俺はな、言ってやったんだよ。俺たちゃ今、アメリカに住んでんだってな。あんなもん、な、別にいりゃしないんだって」もう一度両手を頭の上から降ろすジェスチャーをして、アリは言った。「な、そうだろ、火事だったんだぜ!」

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
人前では顔を見せないというイスラム圏の女性が被るベール(スカーフ?)にはいくつかの種類があります。ご興味のある方はこちらのエントリーをご覧ください。

「ヒジャブ」

ヘッジ

Dear Diary:


僕はフィラデルフィアの出身なので、ヤンキースとメッツのどちらのチームを応援するかということについて真剣に考えたことなどなかった。ニューヨークで暮らし始めて子供が野球に興味を持ち始める年頃になってもその点については無頓着なままだった。

ある春の日のこと。野球シーズンが始まるのにふさわしい暖かい天気に誘われて5歳になる息子を連れて外に出た。息子には新品のメッツのTシャツを着せて、ちょっと古くなったがお気に入りのヤンキースの帽子をかぶらせていた。

二人で一緒に通りを歩いていると、近所のアパートメントのドアマンが大きな声でこう言った。「おーい坊や、この街ではな、そういうのは、『ヘッジ』してるって言うんだぞ!!」

By MARK GREEN

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
ヤンキースとメッツを巡るニューヨーカーのエピソードについては是非こちらもご覧下さい。
「メッツ vs ヤンキース」 

プロの実力

Dear Diary:

ニューヨーク有数の老舗バー&レストラン「ビルズゲイ・ナインティーズ」が、テナント契約の関係で引越しを余儀なくされたというニュースを読んで、ずいぶん前のことだが、初めてニューヨークを訪れてこの店に立ち寄った時のことを思い出した。その日私は何度もニューヨーク出張したことのあるベテランの友人に案内してもらったのだが、その友人は店内に入ると真っ直ぐバーのカウンターに進んだ。バーテンダーに挨拶すると、「きっと俺のこと覚えちゃいないだろうな」と声をかけた。

ひとしきり友人の顔をながめた後、バーテンダーは言った:
「ああ、お客さん、たしか半年くらい前に来ましたね。西海岸の方からだったね、それもカリフォルニアじゃなくて。シアトル? いや、ポートランドだ。そうそう、で、お名前は・・・、たしか T から始まるんじゃなかったですか? テリー? 違うな。そう、タイラーだったね。うん、それでJ&Bのオンザロックスを注文しましたね」

ポートランドからやってきた私の友人タイラーは、平静を装いつつ「いや、半年前ってわけじゃないけどな」と答えた。
「そうですか、じゃ、いつでしたっけ?」
「2月だ」
「ということは、今は9月だから、7ヶ月前ってことだね」バーテンダーは小さく肩をすくめた。

タイラーは負けを認め、 J&B のオンザロックスを注文した。

Tony Rutt

billsgay90_01 (640x427)
"the Bill's Gay 90s" きっと映画の一シーンで見たことがあるはずです。

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
「ビルズゲイ・ナインティーズ(Bill’s Gay Nineties)」といえば、その謳い文句「New York original speakeasy」でも分かる通り、禁酒法時代(1919-1933年)の真っただ中、1924年にオープンした老舗のバー&レストランです。もちろん当時からお酒を出す違法酒場(speakeasy)だったわけです。店内の内装や雰囲気は当時と変わらぬレトロ調で多くのニューヨーカーに愛されていました。ところが開店から88年目の今年3月24日、テナント契約のもつれから閉店退去を余儀なくされ、現在移転先を模索中とのことです。

過ぎ越し祭の食事

Dear Diary:

アッパーウェストサイドのペットショップのショーウインドウに、二枚の広告が貼られていました。一つ目はこれ;
「特選 過ぎ越し祭(ユダヤ教のお祭り)のおすすめ!」
熱帯魚
 ・乾燥アカムシ
 ・乾燥オキアミ
 ・冷凍小エビ

 ・粟穂
 ・牡蠣殻
 ・ひまわりのタネ
小動物
 ・粟穂
 ・アルファルファの干し草
 ・固形アルファルファ

もう一つの広告;
「シカゴ・ラビ協議会公認 過ぎ越し祭の食事」
犬− サイエンス・ダイエット
猫− サイエンス・ダイエット
犬のおやつ− サイエンス・ダイエット

さて、ここで私の疑問;
魚がジューイッシュかどうか、どうしたら分かるのでしょうか、何か目印でも?
魚や鳥は生まれながらにしてジューイッシュなのでしょうか、それとも飼い主に合わせて改宗したのでしょうか?
犬は自分がジューイッシュだということを知っているのでしょうか? 猫は?
過ぎ越しの晩餐会(セダー)にはペットも参加するんでしょうか?
エビとか牡蠣はトレイフ(ユダヤ教のもとで食べてはいけない物)じゃなかった?
この広告って本物? エイプリルフールの貼り紙をはがし忘れたんじゃなくて?
シカゴがニューヨークの先を行くって、なんだかすごくない?

どうぞ皆さん、良い過ぎ越し祭を(Happy Passover)!

Jodi Liss

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
過ぎ越しの祭り(パスオーバー、Passover)は、ユダヤ教徒の祭りで今年は4月6日の日没後から13日の日没前までです。数多くの律法に従わなければならないユダヤ教では食事についても厳格な食事規定(コーシャ)があります。それをペットにまで当てはめようとするのを冷やかしているわけですね。それにしてもサイエンス・ダイエットはどうしてあんなに高いのか!?

関連エントリー

「マッツォ・ブリー」

「ジューヨーク」

「イタリアンとジューイッシュ」

ボイコット?

Dear Diary:

「ポリティカルなスーパーマーケット」

3月27日のニュース:「パークスロープ・フードコープ〈生活協同組合〉はイスラエル産の食料品をボイコットするかどうかについて組合員の一般投票を求める動議を否決した」

野菜は有機栽培
フェアトレードのものならなお良い
良い物だけを選んで
無塩で調理
手間を惜しむことはない
評論家の皆さんは言うだろう
なんと啓蒙的なスーパーマーケットだ
外交政策までご指導するつもりとは!!

Leon Freilich

Food Co_01 (640x492)
New York Times, March 27, 2012

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
イスラエルの対パレスティナ政策に反対して、イスラエル産の商品をボイコットしようという国際的な運動(イスラエルBDS)に同調するかどうか、このことが問われていたわけですね。ニューヨークは世界で一番ジューイッシュの多い都市ですから、現地では大きな注目を集めた「事件」だったようです。ちなみに投稿者のお名前は Freilich さん、この苗字はドイツ系ユダヤ人に多くみられるものです。

鳥の餌

Dear Diary:

ある土曜日の朝、カメラを持ってセントラルパークへ出かけた。この前に来た時にちょっと見かけたエボシガラの姿が忘れられなくて、何とかこのカメラでその姿を写してみたいと思ったのだ。この日も何度かその姿をちらっと見かけたが、動きが素早くてどうもうまく撮影できない。

そうしていると前方のベンチに腰掛けた一人のご婦人が鳥に餌をあげている姿が目に入った。手に持った紙袋からひとつかみ取り出してはパッとばらまいているのだ。ずい分たくさんの鳥が集まってきていて、その中にはエボシガラの姿もあった。

Tufted_Titmouse-27527-2.jpg
エボシガラ(tufted titmice)

これはいいチャンスだと何枚か写真を撮った後、これはまったくいいアイデアだと感心したので、自分も次に来るときはこうして餌を持ってこようと思った。そこでこのご婦人に何の餌を与えているのか聞いてみることにした。まあ、「鳥の餌ミックス」とか「アワ・ヒエ」の類だろうと思っていたら・・・、「ええ、オーガニックのバレンシア・ピーナッツですよ!」と明るい声で教えてくれた。

Tony Pillari

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

throw caution to the wind

Dear Diary:

1970年代の頃、サウスブロンクスのある学校で代用教員をしていた。大変な時代に大変な地区のまっただ中の学校で働いていたというわけだ。

そんなある日、休み時間で一息入れているときに何気なく教室の窓から外をながめると、通りの反対側に停めてあった私の車の下に、一人の男がもぐりこんでいるのが目に入った。これはきっと、無理やりエンジンをスタートさせて車を盗もうとしているのか、それとも何か部品を取り外そうとしているのに違いないと思った。このままじっと見ているわけにはいかない。しかし一方では、ここで飛び出していくと一体どんなことが起こるかわからない、逆にこっちの命までリスクにさらされることになるかもしれないのだ。

少し迷った後、私は覚悟を決めた。このあとに続く運命をしっかり受け止めて、決して後悔しないという覚悟を。心臓の音が高鳴る。一気に教室から駈け出して校門から通りへと向かった。そしてその男を怒鳴りつけてやろうとして口をあけたまさにその瞬間、男が車の下から這い出してきた。その腕にはしっかりと子猫が抱かれていた。

Dennis Dubin

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注
「私は覚悟を決めた」のところ、原文はこうです、「I threw caution to the wind 」

「throw caution to the wind」は、直訳すれば「注意を風の中にほうり投げた」となるでしょうか。普段なら慎重に、注意深く行動すべきところを、(そんなものはかなぐり捨てて)思い切って大胆に(無分別に)行動する時に使われる成句です。

アラビア語で

Dear Diary:

2月にニューヨークへ行きました。ホテルのフィットネスルームへ行って、ジョギングマシンで汗を流していると、明らかにそれと分かるシークレット・サービスの人たちが次々と入ってきました。まあ大した大人数です。実際こんなに誰にでもすぐに分かるのに、この人達のことを「シークレット」と呼ぶ意味が分かりません。

それぞれが持ち場に着いて一段落したころ、一人の年配の紳士がおごそかに案内されて私の隣のジョギングマシンに乗りました。そのうちその人が警護の人と何かアラビア語で話しているのが耳に入ったので、たまたま目が合ったときにアラビア語で「ハロー」と声をかけてみました。

これには少し驚いたようで、「アメリカ娘がアラビア語で挨拶してきたぞ」みたいなことをアラビア語で警護の人に向かって話しています。それからその人、私に向かってアラビア語で話しかけてきたのです。私はサウジアラビアに1年ちょっと住んでいたことがあって、カタコトのアラビア語なら少しはできるので、精一杯の会話をしてみました。何だか正確にはよく分からなかったのですが、「君は一体いくらだね?」みたいな質問にも返事をしたような気がします。ほかに、もうどのくらい走ったのかとか、サウジで何をしていたのかとかも聞かれました。私の方からは「どちらからお越しになったんですか?」と尋ねてみました。するとシークレットサービスのみんなと一緒になって大笑いです。やっと息を整えて「イエメンだ」と教えてくれました。

ホテルの部屋に戻ってパソコンで「イエメン 高官 ニューヨーク」と検索してみるとビックリ。その人の写真と名前がいきなり出てきました。イエメンの大統領だったんですね。ニューヨークへは病気の治療のために滞在しているということでした。私、危うく誘惑しちゃうとこだったわ、 ウープス!

C. Sims

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ


YEMEN-2-popup.jpg
アリ・アブドラ・サーレハ、イエメンの前大統領

初めての経験

Dear Diary:

ある日の夜、アッパーウェストサイドの歩道を歩いていると、顔見知りのご近所さんが犬の散歩をしているのに出会った。いつものように足を止めて、その小柄なワンちゃんに挨拶しようと腰をかがめると、どうしたものか、いつもと違って私の顔を見ても、不安げな一瞥をくれただけで、そのまま通りすぎようとした。

飼い主の女性が申し訳なさそうに説明してくれた:「ごめんなさいね。この子、さっきショック受けちゃって・・・。産まれて初めてドブネズミ見たものだから」

Gregory Greenberg

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

シェルター

Dear Diary:

先月のある日、黒のミニチュアダックスフンドを連れて散歩していたとき、ホームレス支援のNPO団体、「Doe ファンド」の職員二人がいる横を通りかかった。そのうちの一人が私の犬を見て、こいつは間違いなくコンテストに出るくらいの犬だね、とコメントした。

私は「ありがとう」と言って、でも実際のところは保護施設から引き取って来た犬なんだと教えた。すると彼は、ああ、それなら僕と同じだ、と応えた。

Marion Barak

doe-fund.jpg
Doe Fund のキャッチフレーズとロゴ

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

CAT vs HUMAN

皆さんこんにちは、管理人です。最近実はちょっと浮気をしております。

本ブログでもたびたびご紹介しているブログ、「ニューヨークの遊び方」で紹介されていた、今アメリカで大人気の猫マンガ、「CAT vs HUMAN」というブログが面白すぎて、ついにそちらの翻訳を始めてしまいました。それがこちら「CAT vs HUMAN にほんご」です。

これ、ほんとに面白いですよ。もしあなたが猫好きか又は知り合いに猫好きがいらっしゃる場合には是非ご覧になっていただきたいと思います!

catvshuman.jpg


レジに並べば

DEAR DIARY:

少し前のできごとです。一つだけ買いものがあって、アッパーウェストサイドの「ブロードウェイ・ファーム(食料品店)」に立ち寄りました。レジのカウンターに私が選んだ品物を置いて会計を済ませようとすると、横から買い物かご一杯に商品をのせた男の人が現れて、私と同じレジのカウンターにドンと置きました。

「俺が先だ。ほとんど同時だったようだがな、俺の方が早かった」その人は私の顔を見て、レジの人を見て、そしてもう一度私の顔を見ながら、まるで怒ってるような口調でそう宣言したのです。私は反論しました。「私、列に並んでたんですけど、あなた、列に並んでなかったですよね。私が先だと思うんですけど」

すると、「俺が先だ! 俺が先だって言ってるだろ!」と怒鳴り返してきました。レジの人もこれには驚いて、ちょっとたじろいだようでしたが、その男が山盛りになったかごから商品を一個ずつつかんでカウンターに並べ始めたのを見て、「どうぞこちらへ」と私に向かって声をかけてくれました。「私の買い物は一つだけですから」と言うと、「俺が先だろ。俺の方が先に来たんだ!」と一向に後に引く気配も見せず、乱暴な声で言い募るのでした。

「この人、最低! 最低! 最低!」私は三回繰り返さずにいられませんでした。そしてほんとに嫌気がさしたので別のレジの方へと移動しました。

このあと何日か経って、お友達グループと会った時に、このショッキングな出来事を恐る恐るみんなに話してみました。その時の反応のいくつかを御紹介します。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「私ってこういう時には人助けするの。ほっとけないわ。もし私がそのときそばにいたとしたら、きっとこう言ってやるんだ。『あら、ちょっとごめんなさい。あなたひどいじゃない。彼女の方が先でしょ!』」

「私はねー、うん、禅っていう感じかな。ほら、やっぱりここはニューヨークでしょ。こんなもめごとって要するにしょっちゅうあるわけよね。だから外に出る時は、わたし、いつも心の準備をしとくの。そうしとけばさ、もし何かあったとしても、下手にかかわったりしないで、その場からスッと静かに離れることができるでしょ」

「私だったらお母さんに言いつけちゃうわ。そうしたらお母さん、きっとすぐお店に電話して店長さんか誰か偉い人と話をつけるの。自分は長年のお得意様なんだってことをまず最初にビシッと言うでしょ、それから、だいたいレジの数が少なすぎるからこんなことが起きるんだって文句言うの。きっとうまくいくわよ。おわびにってことで何かタダでくれるとか、割引クーポンくれたりするんだわ。間違いないって!」

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

その日の夜、ブロードウェイと86番通りのところにトリーツトラック(移動販売のクッキーのお店)が停まっていたのでクッキーを買うことにしました。行列に並んで順番を待っていたら、私の前に並んでいた女性の方がこう言いました。「あなた、買い物は一つだけ? それじゃ、私の前に並んでいいわよ」

K. Jensen

broadway_farm.jpg
「ブロードウェイ・ファーム」

treats_truck.jpg
「トリーツトラック」

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
「禅っていう感じかな」というセリフ、原文はこうです、「“I’m Zen,”」 
これ、面白い表現ですね。私も今後は何が起こっても平気でいられるよう、「I am Zen」を目指します。

オーディション

Dear Diary:

先月、採用試験の面接を受ける予定があって街へ出かけた。思ったより早くついたので、アヴェニューオブディアメリカス(六番街)の「ベッド・バス&ビヨンド」にあるカフェテリアで時間つぶしをしていた。僕が一人でテーブルに座っているのを見て、すごい美人の若い女性がやってきた。隣りに座った彼女は、これから映画のオーディションを受けに行くところだという。そして、それまで少し時間があるので一緒に台本を読む練習の手伝いをして欲しいんですけどと僕に頼むのだった。

彼女は手にした台本を僕に渡して、自分は蛍光ペンでハイライトしたセリフを読むから、僕にはその相手側のセリフを読んで欲しいと説明した。台本によると彼女は「バーテンダー」で、僕は「ジャック」だ。

6ページほど続く二人のやりとりを、何回か繰り返して練習した。まだすべてのセリフを暗記しきれてはいなかったけど、彼女はとてもうまかった。最後にお互いそれぞれの「オーディション」がうまくいきますようにと励ましの言葉をかけあって、彼女は店を後にした。僕は彼女がなんとかその役を射止めていたらいいのにと願っている。

Howard Tarplin

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

「フォーリンアフェアーズ」誌掲載:菅直人前首相による寄稿

Former Japanese PM Naoto Kan on the Fukushima Disaster
A Changing View of Nuclear Power
By Naoto Kan March 8, 2012 Foreign Affairs

日本の菅直人前首相による福島の大災害についての寄稿

「原子力発電に対する見解の変化」菅直人 2012年3月8日 「フォーリンアフェアーズ」

私の父はエンジニアだった。私が子供の頃、父はプロメテウスのお話しを聞かせてくれたことがある。人間に火を扱う知恵を教えたプロメテウスに対してゼウスが怒りを募らせたという、あの有名なギリシャ神話だ。火を扱う知恵は同時に災厄をもたらすことも可能なのだ。怒りにかられたゼウスは罰としてプロメテウスを岩につなぎ留め、生きながらにしてその肝臓をハゲタカがついばむに任せるという責め苦を与えた。今日、原子力テクノロジーの発展について思いをいたすとき、私はこの話を思い出さずにいられない。これこそまさに現代における火を扱う知恵だからだ。

大学で科学と工学を学んだ私は、それ以来ずっと一貫して、核兵器廃絶を目的としたフォーラムであるパグウォッシュ会議に賛同してきた(パグウォッシュ会議は1993年、ノーベル平和賞を受賞した)。それはなぜかと言えば、核兵器がもつ無差別大量殺人を可能にする力と、人々の幸福に資するためという科学の目的とが、根本的に相容れないものだからである。換言すれば、核兵器というものは人間性の本質と矛盾するものだということだ。実際のところ、このような懸念を抱いたということこそが、私自身が政治家を目指した主たる理由であったのだ。

福島第一原発で事故が起きるかなり以前から、原子力発電の安全性と放射性廃棄物処理について、未解決の重大な諸問題が存在していることを私は承知していた。私としてはこれらの問題はテクノロジーによって克服され得るという立場をとってきた。適切な安全措置を講ずることによって、原子力発電所は安全に稼働し、賢く利用することができるだろう。特に近年は、グローバルな気候温暖化を阻止するために、原子力発電は、大気を汚染し化石燃料を使用する発電所に対しての効果的な代替物であった。事実、福島以前、日本は原子力発電所のネットワークをさらに拡げる計画を持っていたのである。

そして、2011年3月11日午後2時46分、私が総理大臣を務めていた時に、東北大地震が起きた。福島第一で稼働中であった原発はすべてただちに緊急停止された、そこでの原子力発電は中断した。地震の1時間後、東京電力(東電)から、福島第一の敷地内にあるいくつかの発電機が全電源喪失の状態にあると記した報告を受けた。さらにその1時間後、冷却機能を停止させる事故が起きた。地震が送電線を支える鉄塔を倒壊させていたのだ。海水によるダメージにより、非常用のディーゼル発電機も使えなくなっていた。すべての電源が失われていたのだ。

全電源喪失と冷却機能の停止はメルトダウンを引き起こし、原子炉の破壊と放射性物質の大気への大量流出という、さらに深刻な事態へと繋がるかもしれないということを、私は充分認識していた。我々は出来る限りの予防措置をとった。しかし、全電源喪失という事態に対しての我々の事前の準備は全く不十分であったことが明らかになった。その後の5日間で、1号機、2号機そして3号機がメルトダウンした。1号機、3号機、4号機の建屋内では水素爆発が起こった。それぞれの建屋内には使用済み核燃料を保管するための使用済み核燃料プールが設置されているが、ある時点においては、この使用済み核燃料プールでもメルトダウンが起きる可能性があった。もし仮に使用済み核燃料プールがメルトダウンした場合は大量の放射性物質が大気中に放出されていただろう、そしてそれが継続するようであれば、東京も含む首都圏全体の人々の避難が必要となっただろう。

もし仮に、原子炉と使用済み核燃料の両方が制御不能に陥っていたとしたら、恐らくチェルノブイリ事故の数倍にも達するとんでもない量の放射性物質が大気中にばらまかれて、その影響は近隣諸国にまで及んだことだろう。このようなことが起こることを阻止することが、国家としての、我々の責任であった。私はこの問題を解決するために、私の命を含むいかなる代償を払ってでも、最後の最後まで戦うということを決意した。

目に見えない、放射能という恐怖が東京を覆い尽くした。東京は我が国の政治経済の中枢だ。首都圏には約3000万人の人々が住んでいる。この人たちを全て避難させるということの影響は甚大であっただろう。政治的影響のみならず、経済そして人命にどれほどの影響が及んだか、それは計り知れないほど大きなものであっただろう。

幸いにして、東電、自衛隊そして消防と警察の皆さんが、文字通り命がけの努力で、原子炉及び使用済み核燃料プールへの注水作業を続けてくれたおかげで、さらなるメルトダウンが避けられ、事態はコントロール可能な状態へと落ち着くことができた。破局的な災害になるかもしれないという極めて危険な事態はこのようにしてギリギリのところで回避された。

この事故は見えない敵との戦いだった。最悪ケースのシナリオでは日本という国に深刻な被害をもたらすと同時に、近隣諸国にも大きな迷惑がもたらされたであろう。

今回起きたような災厄がニ度と起きないようにするために必要な安全策のあれこれについて、私は真剣に考えてきた。しかしながら、生じ得るリスクの大きさと、これらの対策を比較考量した場合、どんなにたくさんの予防策をとったとしても、原子力エネルギーから国を絶対安全にすることなどできはしないということは明白である。したがって私は、唯一の選択肢は原子力発電のない社会を築くことを推し進めることだという結論に達したのである。こうして私の政権下では日本の原子力発電への依存度を引き下げるよう政策変更を行い、その政策は現在の政権においても基本的には引き継がれている。

さらに、安全なレベルになるまで崩壊するのに10万年以上の間、人類から隔離されなければならないという高濃度放射性廃棄物の最終処分問題という深刻な問題がある。遠い未来には国家や国境が今とはまるで違っているようになっているという可能性もある。したがって、これら最終処理の問題をそれぞれの国にそれぞれ独自にゆだねてよいものかどうかということを議論する必要がある。

同時にこの高濃度放射性廃棄物問題は「世代間倫理」問題をも提示する:我々は将来の世代にこの重荷を背負わせるべきなのだろうか?

福島での事故にも関わらず、新しい原子力発電所の建設計画の数は多い。中国やインドといった新興国はその増大する電力需要を原子力発電所の新設でまかなおうとしている。それが核兵器である場合は、核拡散防止条約が明確なルールを確立している。しかし、原子力発電所の場合は、その安全性ということについては不十分な権限しかない。大まかに言って、一国の原子力政策は核兵器の製造を含まない限り、その運用及びコントロールに関してはその国のみの責任によってなされるものとされている。同様に、原子力発電所関連技術の輸出は多くの場合、単なるビジネスの案件であって、国際的な安全保障問題とはみなされていない。

現時点での趨勢においては2030年までに既存の432の原子力発電所に加えて、さらに少なくとも100の原子力発電所が建設される見通しである。このように予想される増加とともに、シビアアクシデントに対する保護を保証する国際機関を設立することなくして果たして世界の安全は確保できるのかどうかという問題と、高濃度放射性廃棄物の最終処分の安全性問題が、私の心に重くのしかかっている。

原子力発電所に関する国際的ルールについてはIAEAのような原子力発電に関する国際機関レベルによってのみ議論されるべきではなく、国際連合レベルで議論されるべきである。

福島での事故は地震と津波の結果による全電源喪失によって引き起こされたものだが、これ以外の原因、例えばテロ、内戦、戦争などによっても同様な結果を招き得る。福島原発での事故から我々が学んだ教訓を活かして、日本はすべてのエネルギー需要を原子力又は化石燃料に頼らないで済むような国のモデルになるべきである。

結論として、私は、すべての国々が協力して原子力発電所の安全性と高濃度放射性廃棄物処理についての国際ルールの新たな枠組みを真剣に考慮することを訴えたい。こうしたことを行わない場合のコストはあまりにも甚大で最終的には誰にも負担し切れないものとなろう。


人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以下原文

My father was an engineer, and when I was a child, he told me the story of Prometheus, a famous Greek myth in which Zeus grows angry at Prometheus for giving humans the wisdom of fire, knowledge capable of bringing on disaster. As punishment, Zeus chains Prometheus to a rock, where an eagle pecks incessantly at his liver. Today, I cannot help but remember that story when I think about the development of nuclear technology, a modern-day incarnation of the wisdom of fire.
In college, I studied science and technology, and ever since, I have had a great admiration for the Pugwash conferences, a forum dedicated to the elimination of nuclear weapons (the group won the Nobel Peace Prize in 1993). That is because nuclear weapons, which have the power to kill large numbers of people indiscriminately, are fundamentally at odds with the purpose of science, which is to contribute to people's well-being. To put it another way: Nuclear weapons contradict the very nature of humanity. In fact, this concern was the major reason why I aspired to be a political leader.
Long before the accident at the Fukushima Daiichi nuclear power plant, I knew there were serious unresolved issues regarding the safety of nuclear power and the disposal of radioactive waste. I took the position that these issues could be overcome by technology. With adequate safeguards, nuclear power plants could be operated safely and utilized wisely. Especially in recent years, in order to prevent global warming, nuclear power has been an effective replacement to power plants that feed on fossil fuels and pollute the atmosphere. In fact, before Fukushima, Japan had a plan to expand its network of nuclear plants.
Then, while I was serving as prime minister, the Tohoku earthquake occurred at 2:46 PM on March 11, 2011. Immediately, all reactors in operation at Fukushima Daiichi were shut down; nuclear activity there came to a halt. An hour after the earthquake, I received a report from Tokyo Electric Power Company (TEPCO) stating that several power generators at the Fukushima site were experiencing a total loss of power. An hour after that, there was an accident that suspended the cooling function. The earthquake had toppled the steel towers supporting power transmission lines. Saltwater damage rendered the emergency diesel generators inoperable. All power sources had been lost.
I was fully aware that total power loss and the suspension of cooling functions could then cause a meltdown and lead to further serious accidents such as the destruction of the reactor and the release of radioactive materials into the atmosphere. We took every possible precaution, but our preparedness against total power loss proved insufficient. Over the next five days, Units 1, 2, and 3 melted down. Later, hydrogen explosions occurred inside the building of Units 1, 3, and 4. Fuel pools, used to store spent fuel, adjoin each reactor, and at one time, there was a possibility of the meltdown of this fuel pool, too. In the event of the meltdown of the fuel pools, a large amount of radioactive materials would have been discharged into the atmosphere, and if it continued, the evacuation of the entire metropolitan area, including Tokyo, might have been necessary.
If the reactors and spent fuel pools had gotten out of control, an enormous amount of radioactive material, possibly even several times more than the Chernobyl accident, would have been discharged into the atmosphere, impacting neighboring countries. To prevent this from happening was our responsibility as a nation. I was determined to fight to resolve the accident until the very end and at any cost, including the risk of my own life.
The invisible menace of radioactivity would have seized Tokyo. The city is our nation's political and economic nerve center. Some 30 million people live in the metropolitan area. The impact of evacuating them all would have been immense. The impact on not only political matters but also the economy and human lives would have been immeasurable.
Fortunately, thanks to the life-risking efforts by TEPCO personnel, Japan's Self-Defense Forces, and local fire and police departments, injecting water into the reactors and fuel pools prevented further meltdowns and brought the entire accident under control. A very bad situation was narrowly prevented from becoming an accident of catastrophic proportions.
This accident was a war with an invisible enemy. The worst case scenario would have brought serious harm to the nation of Japan as well as a considerable inconvenience to its neighbors.
I have thought very hard about the types of safety measures necessary to prevent any such disaster from happening again. However, when one weighs these measures against the tremendous risks, it is clear that no amount of precautions will make a country completely safe from nuclear energy. I have reached the conclusion, therefore, that the only option is to promote a society free of nuclear power. My administration, as a result, changed its policy to reduce Japan's dependency on nuclear power, and the current administration is basically following the same policy.
Furthermore, the final disposal of high-level radioactive waste, which needs to be isolated from humans for more than 100,000 years before decaying to a safe level, is a serious issue. Far into the future, it is possible that current nations or boundaries could look very different. Therefore, we need to address whether responsibility for final disposal should rest solely with each nation. Although the International Atomic Energy Agency (IAEA) currently states that the onus lies with each country, many nations, including Japan, do not have any clear solutions.
At the same time, this high-level radioactive waste problem presents a "generation ethics" issue: should we leave our burdens to future generations?
Despite the accident at Fukushima, plans abound for new nuclear power plants. Emerging nations such as China and India propose to meet their increased energy demands with new nuclear power. When it comes to nuclear weapons, the Nuclear Nonproliferation Treaty established clear rules. However, with regard to nuclear power, there are insufficient mandates when it comes to safety. In large part, so long as a country's nuclear program does not involve weapons production, its operation and control are considered to be the responsibility of that state alone. Likewise, the export of nuclear power plant technology is also often just a business issue, not one of international security.
At the current rate, by the year 2030, the world can anticipate at least 100 more nuclear power plants in addition to the 432 already in existence. With this expected increase, the problems of whether the safety of the world can be secured without establishing an international institution to guarantee protection against severe accidents and the safety of final disposal of high-level radioactive waste weigh heavy on my mind.
International rules regarding nuclear power plants should be discussed not only at the international organizational level on nuclear power such as the IAEA but also at the level of the United Nations.
While the Fukushima accident was caused by a total loss of power as a result of the earthquake and tsunami, other means -- such as terrorism, civil war, or war against other countries -- could bring about the same result. Taking advantage of the lessons we learned from the Fukushima nuclear power plant accident, Japan should become a model country that is able to supply all its energy needs without depending upon nuclear power or fossil fuels.
In conclusion, I would like to suggest that every nation seriously consider a new framework for international rules regarding the safety of nuclear power plans and the disposal of high-level of radioactive waste. The costs of not doing so could ultimately be far too much to bear.

have a nice day

Dear Diary:

何ヶ月か前、マンハッタンに出張して七番街にあるオフィスビルへ向かった。 

マンハッタンのこういうビルを訪問するのはもうすっかり慣れっこだ。ドアマンに名前と用件を告げる、ドアマンが訪問先のオフィスに電話して私の来訪を告げて確認をとるまで待つ、来客名簿に名前と時刻を書きこむ、こうしてようやく通してもらえるというわけだ。

そのときも私は、静かなロビーの片隅に座っているドアマンのデスクに真っ直ぐ向かった。どうすればいいかは心得ている。自分の名前を告げて、訪問先を教え、サインが必要かそれとも身分証明書かと尋ねた。

するとそのドアマンは「いやどちらも必要ないですな」と答えて、こう続けた。「まあ、何が必要かと言えば、あなたに今日一日良い日を過ごすしてほしいということ、それくらいですかな」

John Meola

人気ブログランキングへ  
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
最後の一言、原文はこうです、“I just need you to have a nice day.”

ブルックリンにて

Dear Diary:

ペンシルバニアのリーハイ大学を卒業した後、マンハッタンのダウンタウンで働き始めたのは、もうずい分昔、そう1950年代のことだった。

つい先日のことだが、ブルックリンに住む高校時代の友人からディナーの誘いがあって、初めてブルックリンまで出かけることにした。出かける前に念入りに地下鉄の路線図をチェックして、乗り換え場所を間違えないよう確認した。その日買ったばかりの新品の上着に身を包み、いざ、ブルックリンへと出かけた。

目的の駅に着いた時にはあたりはもうすっかり暗くなっていた。通りを横断して反対側に行くためには、長いトンネルの中を歩いて行かなければならなかった。トンネルの中には、人っ子一人いない。ちょうどトンネルの真ん中くらいまで来たときだろうか、後ろからニ人連れの男の足音が聞こえてきた。しかも、間違いなく、その足音は速度を速めながら私の方に近づいて来ている。「戦うか逃げるか症候群」というのはまだきちんと解明されてはいない症状だと思うが、このときの私がまさにそれだった。ついに私の背中に向けて、「よう、おっさん!!」と声が発せられたとき、私の不安と恐怖は頂点に達した。走って逃げる、財布を後ろに放り出す、それとも強盗たちに哲学的なお説教を垂れてやる・・・、一体どうしたらいいんだ?!

後ろの男がもう一度声をかけてきたとき、私の苦悩は瞬時に消え去った。

「上着に値札がついたままだって!」

James Waples

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
「戦うか逃げるか症候群」というのは原文では「Fight-or-flight syndrome」です。これを最初に「闘争・逃走症候群(反応)」と訳した人は、きっと、一人でニヤリとしたに違いないと思います。

ペルソナ・ノン・グラータ

Dear Diary:

コロンバス・アヴェニューを歩いていた時のこと、犬を連れたご婦人が私の前を歩いていた。その犬はずい分元気のいい犬で、首輪につけられたヒモを思いきり引っ張りながら、婦人をペットショップの前まで一直線に連れて行った。そしてお店のガラスドアの前で座り込むと、しきりに中をのぞいている。そこには美味しそうなドッグフードや楽しそうなおもちゃがたくさん並べてある。

そんな愛犬の様子に一切かまわず、婦人はヒモの反対側端を強く引っ張って犬を歩道に引き戻すとこう言った。

「あなたはもうここには入れないのよ。ここのお店じゃ、あなたは『ペルソナ・ノン・グラータ』なんだから!」

Tom Asher

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
ずい分昔に国際法の授業で教わった言葉が出てきました。「ペルソナ・ノン・グラータ(persona non grata)」というのは「好ましからざる人物」という意味で、国際法上の用語です。特定の外交官の受け入れを拒否する時に使われます。つまりA国がB国にXという外交官を派遣しようとする際に、B国の了解が必要ですが、Xという人物がB国にとって「好ましからざる人物」だとみなされた場合、B国はX氏の受け入れを拒否できるというものです。

この元気のいいワンちゃん、以前お店で何か騒動でも引き起こしたんでしょうねえ。

高齢者割引

DEAR DIARY:

1月の終わり頃、家内と二人でウォルター・リード・シアターに出かけて、ジューイッシュ映画祭の映画を観に行った。窓口に行くともうすでに切符は売り切れと言われた。それでも万が一席が空いて切符が手に入るかもしれないと期待して待つ人の行列が窓口の前にできていた。そうやって並んだ10人前後の人たちの前から数えて四番目に私たち夫婦は並んでいた。

そこへ一人の女性が現れて行列に近づいてきた。その女性はあまった切符を一枚持っていて、それを売ってあげますよと言うのだ。私の目の前に並んでいた男性が素早く声をあげた。「私がいただこう」そしてすぐに「で、いくらだね?」と聞いた。女性は「窓口で買うのと同じ、13ドルよ」と答えた。男性が、「いや、私は高齢者なんじゃが・・・」と言いかけると、女性はぴしゃりと言った。「割引はありませんから!!」

男性は13ドルを支払った。

Philip Bauman

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

国際都市ニューヨーク

Dear Diary:

それは1月のある日、風のない、凍るような寒さの朝のことでした。時刻はもう九時過ぎというのに、前の日、一日中出かけて疲れ果てていたので、私と夫は並んでベッドに入ったままでした。私たちの部屋は高層アパートメントの上の方の階にあるので、窓からはるか下の方にイーストリバーをながめることができます。その日も素晴らしい景色を楽しむために寝室の窓のシェードは上げてありました。

しばらくすると、窓の外から何やら人の声が聞こえてきます。そして窓の上の方から少しづつゆっくりと二人の作業員を乗せた窓拭き用のゴンドラが降りて来るのが見えました。二人ともこの寒さに負けないよう、大層な防寒服に身を包んでいます。ゆっくりとゴンドラが私たちの窓を上から下に通り過ぎて行く間、窓の外の二人はユーロとドルの為替レートについて熱心に議論していました。

Sally Begley

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

遠慮するなよ!

Dear Diary:

1月のある日、夫のトムと一緒にニュージャージーのバーゲン郡からマンハッタンへと出かけました。Museo del Barrio(ラテン系の芸術文化会館)で、「東方の三博士の日」のお祝いをやっていたのでそれを見に行ったのです。帰りのバスに乗ってメトロポリタン美術館の前あたりまで来ると、渋滞につかまってバスがのろのろ運転になり、とうとうピタリととまって動かなくなりました。そうしているとすぐそばの歩道に屋台を構えたホットドッグ屋さんがコーラの缶を一本手にしてバスのドアを叩いたのです。運転手さんがなにごとかと思って自動ドアを開けると、屋台のおじさん、運転手さんに向かってこのコーラあげるよと言ってしきりにすすめるのです。

運転手さんはこの申し出にとても驚いたようですが、有り難う、でも結構です、と笑いながら御礼を言って断りました。ところが屋台のおじさんは納得しません。遠慮するこたあない、とさらに強くすすめたので、とうとう運転手さんも根負けしてそのコーラを受け取りました。するとおじさんは、「う〜ん、そうだな」と言いながら運転手さんの顔をまじまじとながめると、「ホットドッグもつけてやるから持ってけよ。お前さん、腹減ってんだろ」と言うのです。こうして、感謝の言葉と交換でほかほかのホットドッグが差し入れられました。

バスはそのまま何ごともなかったかのように進み始めました。バスの後ろで待たされていた車も、クラクション一つ鳴らさないで辛抱強く見守ってくれていました。何だかとても嬉しくなるような気分でしたよ。

Katherine Flattery

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

車内放送

Dear Diary:

地下鉄6番線に乗っていたときのことでした。車内のスピーカーからいつも変わらぬ車掌さんのアナウンスが聞こえてきました。「Ladeies and gentlemen ...」 のんびり目を閉じていた私は何となく後に続く言葉を想像していました。例えば「何か不審な物を見つけた場合は・・・」とか。ところが実際に聞こえてきたのは、これまでに一度も聞いたことのないアナウンスでした。「妊娠している人(a pregnant person)がいらっしゃいましたら、どうぞ席をお譲り下さい」

Helen Tzagoloff

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訳者注:
さて、これは日本語にしてしまうとわかりにくいですね。ジェンダーコンシャスな言い換えがここまで進んだかというエピソードです。チェアマン(chairman)という言葉をチェアパースン(chairperson)と言い換える、あれですね。それにしても「pregnant person」というのは初めて聞いたと驚いているわけです。

Appendix

プロフィール

metro

Author:metro
metro172をフォローしましょう
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
人気ブログランキングへ
Click here ↑↑ everyday. Thanks!!

当ブログはリンクフリーです

最新トラックバック

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード

QR