March 8, 2013
Waiting for Radiation Treatment, an Inspiration
By E. ANNE LIPMANDear Diary:
友人のフランに付き添って「スローンケタリング癌センター」に行ったときのこと。受付を済ませて待合室の冷たい椅子に腰掛けました。前夜の雨の跡が残るほこりだらけの窓ガラスを通して朝日がさし込んでていました。するとそのとき、小柄な年取った老婦人が待合室に入って来ました。白と黒のストライプ柄の、つばの広い帽子を目深にかぶって、顔がほとんど見えないくらい。帽子と同じ柄のレインコートを肩に羽織って、まるで鳥が羽根を広げたようでした。
一つだけ空いていた席を見つけると身体を沈めるようにして腰掛けて、誰に言うともなく張りのある声で言いました。「まあ、ほんとにみんなこんなところじゃなくて、どこか別のところにいたいものだわね。さっさと全部済ましてね。でも、ま、これが人生ってことだわね」
待合室のほかの人たち同様、私はすっかり気を惹かれてその老婦人のことをまじまじと見つめました。老婦人は新聞紙と恋愛小説とお弁当箱の入った折りたたみ式のショッピングカートを椅子の脇に置いて、受付のカウンターに向かいました。係の人は困ったような顔をして子供に言い聞かせるように言いました。「ミセスG、あなたのご予約は明日の2時からです」
「いいのよ、そんなこと」老婦人は一向に意に介しません。「とにかく来ちゃったんだし。どうせなら早く来たいのよ。『今は亡きミセスG 』なんて呼ばれる前にね。そうそう、あなた私のことピジョンさんって呼んでいいのよ。私のボーイフレンドがそう呼ぶの」
くすくす笑いの声が待合室に拡がって、椅子に戻るったピジョンさんはお弁当箱を開きながら、今度はこう言いました。「もう、86歳なのよ。糖尿病、高血圧、心臓疾患、それにとうとう今度はこれよ。でもね、先生がおっしゃったの、大丈夫だって。だからね、私は絶対あきらめたりなんかしないの。大事なのは気持ちでしょ、違う?」
ピジョンさんはこの待合室にいる人たちの最大公約数は「癌」だということをもちろんちゃんとご存知です。何人かの患者さんと挨拶して親しげに言葉を交わしています。病状が好転したという大学生に喜びの声をかけたり、フランスからやってきたという母親に11歳になる息子さんの容態を尋ねたり。私の友人のフランが放射線治療に呼ばれて席を立った後に、私にも声をかけてくれました。「いつも一緒に付き添っていらっしゃるるのね。素晴らしいことだわ。本物の友人同士なのね!」
フランのアパートメントへ帰るタクシーの中で、フランはずっと無口でした。その間私はピジョンさんの人生哲学について思いを巡らせていました。それはつまり生きることへの意思。どんな困難に遭遇しようとも、生きるという強い意思をもつことが大事なんだということだと思いました。
タクシーはセントラルパークの中を横切って進んでいます。観光名物の馬車が停まっていて、御者が馬にエサを与えています。バケツいっぱいに大麦を入れて歩道に置くと、空からハトが何羽も舞い降りてきて、馬と一緒に仲良く食事を始めました。

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訳者注:
老婦人が受付の係の人に「予約は明日ですよ」と言われたときに返した言葉、原文はこうです。
“That’s O.K.,” she says. “I’m here now. I’d rather be a day early than be called ‘the late Mrs. G.’
一日早くの「early」と故人を意味する「late」が掛かっているんですね。これは座布団一枚です。 86歳のがん患者にこう言われてはさすがに無碍にお断りするわけにもいかないと思いますね。お見事です!
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